Xジェンダー – これからは自分の気持ちと生きていく[前編]

Xジェンダー – これからは自分の気持ちと生きていく[前編]

2017年12月20日

カミングアウトストーリー

丸山さんtitleバブリングのイベントにもお子さん連れでお越しいただいた丸山さん。男性としての性自認と、時によっては女性としての性自認が揺らぎながら存在しているといいます。子供の頃から現在に至るお話をお聞きしました。

ご自身がXジェンダーであることに気づいたのはいつ頃だったんですか。

自分は結婚も出産もしていて、4年前に妊娠をしたことがきっかけだったんです。性別違和がある人の中ではかなり珍しい形かなと思います。

地元のクリニックでは性同一性障害の可能性が高いとも言われていて、性同一性障害の診断基準には当てはまるのかもしれませんが、性自認が揺らぐときもあるので、自分ではXジェンダーだと思っています。

他の記事を拝見すると、丸山さんの場合は性自認は若干男性寄りなんですね。

そうですね。人と話す時は「どうせ女性にみられるなら」みたいな感じでやや女性的に話すので、一人でいる時と話している時のギャップみたいなものは少しあるんですが、少しずつ自分らしくいられるといいなと思っています。

今まで、トランスジェンダーとか性同一性障害を誤解していたところもあって、心と体の性が完全に一致しない状態というイメージを持っていたのですが、最近トランスジェンダーとXジェンダーの境目みたいなものが自分の中で和らいできたというか、そんなに「X」に固執しなくてもいいって思うようになりました。Xジェンダーでもすごく広いというか、人の数だけアイデンティティの数があると思っているので、最近なんでもいいや、という感じになっています。

Xジェンダーという言葉を知った時は、自分の居場所を見つけた気がした感動から、Xジェンダーのことばかり考えていました。でも最近色々な人と話す中で、性自認のことばかりではなく「楽しい」とか「好き」とか、気持ちのほうを大切にできれば、その方がちょっと穏やかでいられるのかなと思っています。あんまり性自認に固執すると逆に苦しくなるかなという風にも思っています。

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自分の感情を置いてきてしまった子供時代
気づきが4年前というのは比較的最近だったんですね。子供の頃には何か困ったことなどはあったのでしょうか?

困ったことはあまりないのですが、幼稚園の頃、自分のことを「わたし」とも「ぼく」とも言えなくて「自分」と言っていたら、先生から「女の子なんだからわたしと言いなさい」と言われて、それが恥ずかしくて顔中が熱くなったことは覚えています。あと、小学校高学年の頃のことは今でも思い出すと吐き気がしたり息が苦しくなったりします。男子から「女子なら痩せろ」って言われたことがあったんですが、体の性別が突きつけられて、息が苦しくなって。男子たちとは同性だと思っていたのに、なんか違う生き物みたいな、自分だけ宙に浮いているみたいな感覚になったのは覚えています。男子から女子と見られることは苦痛でした。そのころから、死にたいと思ったりはしていましたね。

はっきりと気づいてはいなくても、性別についての違和感はあったのかもしれないですね。その後はどうだったのでしょうか。

中学生の時はバレー部のキャプテンをしていたのですが、他校のキャプテンの女の子を好きになったことがありました。試合の時にキャプテン同士って握手するんですけど、その時すごくドキドキして。一人で気持ちを抑えきれなくて、周りの女の子の友達に話したりもしました。

それでいじめられたりはしなかったんですけど、「ほら、いるよ」とか言われたりするのが恥ずかしいというか、本人にばれたくないという気持ちになって、それ以来は友達に言わなくなりました。女子は女子を好きになっちゃいけないってどこかで思っていたのだと思います。

周りから「女の子だったら、男の子を好きにならないといけない」と言われたわけではなく?

周りから言われたというよりは、小学校高学年ぐらいから「自分が誰なのか」っていうのが感覚的にわからなくなって、女子の真似をしだすみたいな。女子はこういうふうにやったら、周りからいいように見られるとかは常に考えていました。男子と一緒に帰ったりするのが「良く」見られるみたいな。

周りと合わせた方が、みんなとも恥ずかしい話もできるし、価値とかステータスが高まると思っていました。今思うとピュアだったなと思います。

中学に入ってからは特に、人からどう見られるかって思うようになって。自分の気持ちよりもこういう風に言ったら、こういう風に見られるんだなっていうことを考えていたのだと思います。いかに変に思われないかってことに執着していたから、なんかここらへんに(心臓のあたりを指して)心があるとするとこのへんで(頭上を指して)行動しているような気はしていて。

僕もゲイなので、中学生ぐらいの頃の気持ちとしてはすごく共感があるんですが、周りにどう見られるかというのを気にしてしまうんですよね。

自分の気持ちを感じるのも、他人の気持ちを感じるのも苦手っていうか。周りの環境とかいろいろあったと思うんですけど。子供の頃から自分がどう言ったら周りがどう動くか、とかいうのを考えることが多かった。

もしかしたらその裏返しで、自分自身がどう思われるかっていう見られ方も気にしてしまっていたのだと思います。とにかく本や本の世界が好きで、でも現実の世界では自分が楽しいと思うこととか、嬉しいということとかを置いてきてしまった。自分の存在を自分で感じにくいっていうのはあって。だから他校のキャプテンのことを好きになったその気持ちだけは鮮やかに覚えています。

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男性を好きになることはテクニックだと思っていた
大人になってからはどうだったのでしょう?

大学を卒業して、コンサルティングの会社で働いていた時は、男性から評価されるためにはどうすればいいか、上司から評価されるためにはどうすればいいかばかり気にしていました。

女性を採りはじめて2年目という会社で、冗談かもしれないけれど、社長が「女性はスカート以外禁止」と言ったり結構極端な会社でした。その時は社会に適応しないと、という気持ちが強かったので、強迫観念でスカートを買ったりしていました。

かなり古いタイプの、男性優位の会社だったんですね。

接待も多くてキャバクラも行ったし、男性の前では色っぽくしろとか、男性からの目線を意識しろって言われて、本当に未熟だったから、「これが社会か」って思って。その時究極に乖離していたのだと思うんですけど、黒い透けたストッキングを履いたりして、女装するようにフリルのついたものを着けていました。男性から見られる視線で自分を評価する感じで、いい目で見られているってなんとなくわかるじゃないですか。ゲームの中でポイントが一つあがったみたいな、いい成績をとれたみたいな、そんな感じでした。心はざわざわしていたけど、でも気にしないというか。

女性のからだをもっている自分が、男性社会のなかで適応しないとお金をもらえないみたいな。すごい卑屈な感情になりましたね。

それは大変でしたね……

ただ、振り返ってそういうことを話せるようになって、他の女性から話を聞くと、心と体の性が一致している多くの女性の場合、そういう風に会社から求められたときに、すごく嫌だってなるらしいんですね。でも自分は女性の感覚で嫌だという気持ちはわからないから、究極までやってしまった。色気をだすために3ヶ月キャバクラで働いてみるとか。これは研究だって思って。

仕草とか、斜めに座るとか、このへんの関節をまげると女性らしくみえるとか。そういうのは、母からも女の子だからこうしなさいって言われていたんですけど、だからこそ、会社のなかで求められると、こういう風にしないといけないんだろうなって感じになって。結構、自暴自棄になりましたね。

相当なストレスだったんじゃないですか?

はい、食べたものを吐いたりとかリストカットしたりしてましたね。「女性」じゃないと評価されないんだろうなとか。孤独だったし、家に帰って一人になると、腕切ってみたいな。

その時期は、ご自分がXジェンダー、もしくは性同一性障害かもしれないということは感じていらっしゃったんでしょうか?

その時はまだ、他の女性と同じだと思っていました。だから、男性を好きになることはテクニックで、みんな頭で考えて恋愛をしていると思っていました。大学時代には高校の同級生の男性と付き合っていたのですが、友達と付き合っている感じでした。

それで社会人になって、同僚の女性が男性の上司と話しているときに、ものすごい女性らしい仕草や、目を潤ませるようなことをしたりしていて、技術がすごいなーって思っていました。自分が学生時代に友達のように男性と付き合っていたのとは違う感覚で、社会人になったのだから、大人の女性のスキルを身につけないといけないのか、と思っていました。

恋愛という感情がわからなくなっていたから、みんなスキルを磨いて手に入れているものだと思ったんでしょうね。

今思えば、自分が中学生の時に他校のキャプテンを好きになった気持ちは、明らかに恋だった。でも、思い出さないようにしていたというか、その感情にはふたをしてしまっていたんです。だから、例えば学生時代に「あの男の子が好きで」って友達に相談されても、平気で「わかんない」と言ってしまっていた。自分がキャプテンを好きになった気持ちはすごく大切なものだけど、そんなに大切な気持ちを他の女の子も感じていたんだって、今になって思います。

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「自分女じゃないです」
ご自身がXジェンダーだと気づくまでには、どのような経緯があったのでしょうか?

コンサルティング会社で働いていた2009年頃、LGBTという言葉を初めて知りました。マーケティングの世界で、「ペルソナ」といって、企業がターゲットにしたいユーザー像を仮定する手法があるんですが、提案書を作る機会があった時に、そのペルソナが男性とか女性とか書いてあって、すごく苦しさを感じたんですよ。息が止まりそうなくらい。男性とか女性とかいうけれど、ターゲットとなる人は男性でも女性でもない人が絶対いると思って、それが自分だってまだ気づいてなかったんですが。でも男性と女性しか「ない」ことに怒りとか苦しさは感じていて、性別の話が出るたびに息がつまる感覚になる。

それでLGBTという言葉に行き当たったんですね。

その時初めて提案書の中にLGBTっていうことばを入れて、わかって欲しいという気持ちになっていました。その時はまだ、なんでかわからなかったんですけれど。

違和感みたいなのはその後の妊娠中にも感じていて、ビジネススクールに通ったんです。自分にしかできないことがあるんじゃないかって考えて。その時には性別に関わるビジネスの話をずっとしていました。男性とか女性だけじゃないんだっていうこととか、なんでお母さんだけ育児をしているんだろうとか、夫婦向けにカウンセリングできたらいいな、とか考えていました。

その時はもうご自分の性自認については気づいていたんですか?

産後1年半ぐらいの時に、そういえば自分の性自認については考えたことがなかったな、とは思っていました。

その後、そのビジネススクールでアルバイトをすることになるんですが、その時に女性の上司に「社長は男性だから言葉で言わないと伝わらないよ、わたしたちは女性だから言葉で言わなくても察することができるけど」って言われた時に、自分は察することなんてできないって思って、パンクしちゃったんですよ。

シスジェンダーのお母さんでさえ、産後はアイデンティティーが揺らぎやすいって言われているんですが、ちょうど妊娠して出産して、そこで怒りみたいな感情がパンクして、「自分女じゃないです、トランスジェンダーです」っていうことを口走ったんです。

※シスジェンダー:体と心の性別が一致している状態。トランスジェンダーではない人のこと

期せずして初めてのカミングアウトになってしまったということですね。

怒りと、色々な感情がパンクして、初めて仮面が外れたんだと思います。

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夫へのカミングアウト
差し支えなければご結婚された時のことをお聞きしてもよろしいでしょうか?

男性といえばすぐ触ってくるとか、セックスを求める人が多いなって社会人になって初めてわかったんですが、体を求めてくるように思わなかったのは、彼がめずらしかったというか。穏やかでいられるし、一緒にやっていけるかもしれないと思って、付き合い始めました。そのあとはすぐに結婚しようって話になって、いやだったらやめようって言いながら、結構軽い気持ちで結婚しました。

出産をしないといけないってなってくると、自分が穏やかでいられるこの男性と一緒にいることが恋愛なんだ、って思うようになって。その人のことを人間として好きだっていう気持ちが恋愛なんだって思っていました。

それが恋愛感情ではないということは、最近コーチングなどを通して気づくようになったんですが。

旦那さんへのカミングアウトはどのような経緯だったのでしょうか?

最初に夫に性自認のことを伝えたのは、去年(2016年)の初め頃です。性自認のことを伝えたのと、後で性的指向のことを伝えたので、1年くらいあいています。

最初に性自認のことを伝えた時はなぜ伝えようと思ったのですか?

性自認のことを伝えたのは、義務感というか、知っておいてもらわないと、とか何かカミングアウトをしなければみたいな感じでした。離婚覚悟ではあったんですが、義務感で仁義を切るみたいな感じでした。

旦那さんはどんな反応だったのでしょうか?

子供が寝た後に、自分が性別に帰属意識をもてないという話をしたのですが、割とすんなり受け入れてくれたというか、相手もあんまりわかっていなかったんだと思います。そういう部分を含めて好きになったって言われました。

その時に、ちょっとずるいんですけど、中学の時に女の子のことが好きだった話はしたんですよ。自分の心を感じないですむ中学のエピソードを持ち出して、相手の反応を試す、みたいに。そうしたら、「あなたらしいね」って言われたんですよ。「オープンで、あなたらしいね」って。

離婚も覚悟の上ということでしたが、結果的には受け止めてもらえたんですね。

夫ってすごくコミュニケーション能力が高くて、人のことをよく見てるんですよ。受け入れられなかったら離婚になるなとは思っていましたが、この人だったら受け止めてくれるという思いもありました。言葉にならない部分で、安心感をもって話せたというか。

そういう人だって感じていたから結婚しようと思えたのかもしれないですね。

そうですね。夫はリボンのついた帽子をかぶったり、レディースの財布を持っていたり、可愛らしいものを好むところがあって、女性に対しても化粧っ気のない人をいいねって言ったりするところがあるんで。女の人が好きかもしれないけど、いわゆる「女性らしい女性」を嫌うみたいなところがあって、その部分で、完全に合致はしないけど、ちょっと夫の許容範囲に私が引っかかる形で、ギリギリいっしょに居られるのかな。ただ、もし自分が髭を生やし始めたら、離婚すると言っていました。

お互い今の家族で、一緒にいようというのは思っているので。

先ほどコーチングという言葉が出てきました。

夫に性自認のことを伝えた後ぐらいに、コーチングを受けたんです。以前から自分が本心で話していないみたいなことは感じていて、それでコーチングを受け始めて、自分の感情にフォーカスすることになったんです。今までだと、事実を機械的に人に伝えるっていうコミュニケーションの取りかたをしていたんです。だから、コーチングをしてくれる方に話していても、何を感じているか全然わからないって言われて。それで、感情というものをインターネットで調べたんです。

それぐらい、感情というものがわからなくなってしまっていたんですね。

嬉しい、楽しい、悲しいとか、苦しいとか。振り返っていくうちに、コーチングのたびに泣いて、結構修行みたいな感じだったんですが、だんだん感情が出てきて、感情を思い出していくうちに、人とコミュニケーションをとることが少しずつできるようになりました。心で会話をするって感じになって。事実関係で何かを伝えるだけじゃなくて、思っている気持ちを人に伝えるってこんなに嬉しいことなんだって。それまで友達と飲みにいくときも、どういう話をされるとか、どういう話をしないといけないみたいな、友達ですら緊張していたんですけど、自然に生きていいっていうことを意識していったんです。話したことで喜んでくれると、なんかちょっと嬉しいって感じてることとか、そういうのがわかるようになったんです。それで自然体の自分でいられるようになると、一番大事にしていた、好きとか、恋愛という気持ちも思い出しました。

その後は何か変化はありましたか?

そこから今度は、本物の自分でいて苦しいって感じるというか、感情が溢れて、止め方がわからない感じですね。喜怒哀楽をものすごく感じられるようになって。でも、今ここに感じる自分のまんまで生きるというのは、だいぶできるようになって。今年(2017年)の4月に息子が幼稚園に入った時に、性別のことで、夫と何度か喧嘩になって。他愛もないことなのですが。夫に「(男の人と)不倫しないでね」って言われたんです。そうしたら自分は「男の人に興味がないから大丈夫」という言葉が自然にでてきて、涙がとまらなくなってしまったんです。この人には言っちゃいけないのにって思っていたんですけど、「女の人(が好き)なの?」って聞かれた時も、もう泣きながら。

今までこの半年くらい抑えていた、罪悪感が溢れてきて、自然の流れで言ってしまったんですよ。

結婚した男性に、本当は男性に興味がないと伝えるのは勇気がいりますよね……旦那さんはどんな反応でしたか?

穏やかに聞いてくれていました。わかりやすいね、と。自分は自分の性自認とか性的指向を「自分の存在に関わるもの」として大切にしているんですが、彼にとっては、そこはそんなに重要なとこではなかったようです。彼にとっては、いかに家事をきれいに効率的にやるかとか、あそこの駐車場はいくらかかるのかとか、生活するためのマネジメントとかの方が、ものすごく感情に関わるんです。重要にしていることのポイントがあまりにも違いすぎて、彼にとってはあまり重要なことではなかったのかなと思います。

わかりやすいね、というところに、驚きやとまどいもなく、穏やかに受け入れてくれているのかなという感じはします。

今も喧嘩になるたびに「気持ち悪い」とか言われたりするんですけど、そんなに自分が重大に思っているほど、彼にとって重大視してない感じはします。そういうふうに振舞ってくれているのかもしれないんですけどね。パンツをくれたりとか、着ない服をくれるとか、わたしが土曜日にやっている活動のことを応援してくれたりとか。ちょっと噛み合ってないからこそ、一緒にいて、違う空間にいるみたいな。二人をつないでいるのは恋愛感情ではないけれど、でもお互いをお互いに好きな気持ちはあって、一緒にいる。子育てもしてる。言葉にならない形の家族というか、不思議な感じはしますね。

あとは性別の違和感のこともある程度わかってくれています。Xジェンダーというとどうしても理解されなくて、どうせ男なんでしょとか言われるんですけど、それでもそういう話ができるっていうのはありがたいと思います。

子供の頃から自分の気持ちに「ふた」をしてきてしまったという丸山さん。インタビューでは子供時代のことや現在のことについて、とても自然体で、時折笑顔を交えてお話しいただいたのが印象的でした。後編ではご両親へのカミングアウトのお話へ続きます。

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