Xジェンダー – やさしい社会へ
2017年10月30日
カミングアウトストーリー
凛さんのマイノリティ要素をお聞かせください。
性別がいまは中性だということ。20歳より前の記憶がほとんどないということ。性別にも関わるけど名前を変えたことです。成長の過程が曖昧なので、年をとっていく感覚が全然ないんです。
性別が中性的というのはどういうことですか?
20歳くらいの時から人と関わることができるようになって、周りには女性が多かったんです。だから話し方がすごく女性的になっていったり「いいな」と思うものが女性モノの靴とかだったりして、でも女性モノを選ぶと自分にサイズが合わなかったですね。
身体は男性であることを理解しているけど、男性的なことは嫌いだったり、ネット上でも女性として扱われている方が楽に思えたけど、別に女性になりたいわけではなくて。
親がつけた男性的な名前を受け入れられなかったので、『凛』という中性的な名前に改名したことでしっくりきている。
女性の要素も、男性の要素も、両方持っているなという中で性同一性障害にはあてはまらないから、性転換をしたいわけではないけど、でもほぼ女性要素の方が多いだろうなと思っています。
曖昧ですよね。アンケートか何かで性別の欄が、女性か男性かしか選べない瞬間がとても嫌ですね。選択項目に『その他』があったらまだいいなって思います。
お名前を変えられたのはどういう背景だったのですか?
家族からは異質な者として見られていたから『親が付けた、自分では選べなかった名前』だということと、『男性として付けられた名前を受け入れられなかった』というのと両方ですね。体は男性だけど、男性で生まれているつもりがないというか、他人の体をお借りして生きているというような感覚でしかないので、本名を呼ばれても「なんでその名前で反応しなきゃいけないんだろう?」という気持ちが強かったんです。『男性』という部分を認識されることがすごく嫌で。
だから、自己紹介の時間が一番苦痛でした。「なんで名前を言わないといけないんだ」って。
性別よりも名前の方が日常的に使われる機会が多いので、ニュアンス的にも男性として扱われてしまうことがそもそも嫌でした。
そこで自分が考えた『凛』という名前を使って、初めて会う人には、本名がバレないように付き合うようになっていきました。だから履歴書を交えるような場所で会ってしまったら本名がバレてしまうので、そこは完全に分けたりするような状態が続きました。
仲良くなればなるほど『身分を隠して付き合っています』みたいな状態になるじゃないですか。なんか、悪いことしていないのに逃亡犯にでもなったような気分。隠しごとしているみたいな。
「あなた誰ですか?」って言われたら…、というような怖さというか、そういうものもあって。
そんな頃に今度はFacebookで『実名』という規則ができたことで、どう登録すべきか色々思うところがあって、知り合いに児童精神科医の先生がいたので、最初はその人に相談をしましたね。
その先生へ相談した内容と、先生からの反応を憶えている範囲で教えていただけますか?
「名前が2つある状態で、関わる他の人にどういうタイミングでどんな風に伝えるのがいいんですか?」ということを相談したら、なんて言われたのかは思い出せないですけど「何か嘘をついているわけではないから普通に話せば大丈夫だと思うし、無理して言う必要はないけど言いたくなった時に言えばいいんじゃないかな」というようなことを言ってくれたと思います。
それ以降、幼児とのイベントでずっと関わっていた保育士さんたちとか、ずっと関わっていきたいと思っていた人たちへ、イベントのミーティングの時に自分から「話したいことがあるんだけど」と、自分のマイノリティ要素について切り出して伝えて、理解してもらえるようになりました。
名前が2つあることについて「それは嘘をついていたわけではない」ということと、「それを理解してもらえたうえでいままで通りに関わってもらえたら嬉しいです」と。そしたら「別に気にしないよ」と言ってくれて、みんな普通に受け入れてくれることが多かったですね。
一から自分の人生を、名前とか、人との関わりとかを自分で作り変えていった感じでした。
まずは名前が2つあるという事実を周囲へカミングアウトされて、理解を得られたのですね。そして名前を1つに絞っていくこととなるのでしょうか。
だいぶ前から一番の夢は、自分の名前を変えること。すごく説明しづらい部分ではあるけど、そこが一番大事で、絶対に譲れないこととして、名前のことはありましたね。何か願いを1個叶えていいですよと言われたら、お金持ちになるとかじゃなくて、名前を変えます、ということしかなかったくらいでした。
10年以上前に、どうしたら改名できるのかを調べ始めた時には、改名することの難しさを知って、死刑宣告を受けたような状態でした。性同一性障害などわかりやすい理由があったら良いということでしたが、別に性転換したいわけじゃなかったので、そんなわかりやすい理由なんてなかったんです。
とはいえ「長年使っている名前の実績があれば」という話も聞けたので、お手紙類を全部とっておくことから始めてみました。約10年間、毎年来る年賀状とかをとっておいて、証拠書類として裁判所に提出して、ちゃんと受理されました。
名前を変えるという夢を叶えて、どんな感覚になりましたか?
ようやく人として生きているという感覚、本人として生きているんだなっていう自覚が大きいですね。
不自然だったところ、我慢してきたところなどを治しつつ、より素直に生きようとしている。そういう意味では、何かが変わるというようなことはないんです。
急に何か変わるみたいな、わかりやすい変化はないんですけど、ここ何年かでまた変わっていくのではないかと、未来が確実に明るく思えるようになりました。
押し込めて生きていたので、基本、外に出ないような生き方をしてきていたので、陰に居なくてもいいんだ、外に出てもいいんだ、と思えること。
名刺を渡す時に何も後ろめたさがない、1ミリもそういう気持ちがなくなっているということが、多分なんか普通なんですよ。何かが増えたというよりは、邪魔だったものがちゃんとなくなっていったという感覚ですね。
これから自分らしく活動をされていきたいと思う中で、残していきたいと思うことは何ですか?
昔は本当によく記憶をなくしたり、倒れて何回も救急車で運ばれていたりしていたんです。
だからこそ『毎日』が好きなんです。年齢を重ねて成長していったという感覚が全然わからないので、何となく毎日がリセットされていくような感覚があるんですよね。
夜寝て朝起きる、というサイクルが当たり前に繰り返されるじゃないですか。
一度は『全部なくした』という感覚があるので、出会ってきているものなどに対しては、大事にしたい気持ちが強いんです。
毎朝おはようということも毎日やっているから、「別にいいや」ってなってしまうと、ある意味、雑に捉えていることになるじゃないですか。
空を見上げて青空でも、毎日のことになると気にしなくなるのが、人なんだなって。
でも、子供がちょっとしたことで「何これ!」と驚くような、そういうことに気づける感覚を大事にしていきたいなって思っています。
通り過ぎていきそうなものに、あえてフォーカスされるような生き方、素敵ですね。
20歳前の記憶がほとんどないということですが、20歳後の記憶はしっかりあるのでしょうか。
20歳前のことは、ぼんやりとは記憶があるんですけど、それこそ何ひとつ居場所がなかった状態だったんです。家族間では、明らかに違う系統の人間がポツンといるみたいな。
そもそも話が合わないということがあったり、中学生頃までは周りに上手く適応できなかったので、自分の発想などを含めて目立っていたんですよね。
いじめの対象になったり、どこにいても悪い子として扱われることが多かったんです。
自分の体の扱い方もよくわからなくて、セーブの仕方もわからないので、結局、働き始めたら、居場所があるからと頑張りすぎて過労で倒れちゃって。
頭が基本的に動き続けていて止められないんです。音楽が頭の中で流れ続けている中で、他のことを考えてるというような賑やかな生き方をしていたんですよね。
そういう生き方をしていて倒れた時に、妻が「それでも傍にいる」と言ってくれて、一瞬で頭の中が静かになったんです。それからも倒れたりすることはあるんですけど、一人の人間として生きている感覚を得たのは、妻が傍にいてくれるようになってからですね。
「生きていていいんだ」っていう安心感を得たのは、21歳か22歳の頃です。
その時期には自分の子供もいたので、その前後では全く違いますね。大人だけど子供の状態でいるのと変わらないので、あとはその溝をどう埋めていくかという苦労はありましたけど、記憶としてはっきり思い出すことができるのは、生きている感覚を得た21歳か22歳の頃からですね。
自分のことを理屈抜きで肯定してくれる存在というのは、心の大きな拠り所ですよね。
妻は「いていいよ」と無条件で言ってくれるような存在だったんです。
妻がいなかったら、いま自分は生きていないような気がするんです。それまで居場所というものがなかったので。
奥様はかけがえのない存在なんだなと感じました。
17歳になる息子の存在も大きいですね。
親として何ができるんだろうと思った時に、自分は高卒だから勉強は教えられるほどではないので。
色んな人との出会いの中で、その子の未来を拓ける状態を作りつつ、「出会っていくことって楽しいよね」と言える親でありたいと思って、そういう風に生きようと決めたんです。
色んな所で人に出会う活動をやっているということも、息子のためでしかない部分はありますね。もちろん、好きでやっているというところもありますけど、息子がいなかったら多分やっていないです。
音大に行きたいと息子が言ったら、それにまつわる人を探すし、自分に知恵がないからこそ、周りに助けてもらえるような状態にしておきたいなって思ってます。
親は2人しかいないけど、それ以上に出会う人の数や影響はあまりにも大きいから、「外にいくらでも出ていきなよ」って言える生き方をしていたいなと思っています。
凛さんのような立場の人に、凛さんが言ってあげたいことがあるとしたらどんなことですか?
周りに合わせることより、自分の感覚を大切にしていいと思うんです。枠の中でやらなきゃいけない、と思うことが多ければ多いほど無理なので、たくさん選択肢があるんだと知っておくことで、救われる部分は多いと思うんです。
映画『モンスターズ・インク』の、ドアがたくさんあるシーンが好きなんです。人との出会いは必ずたくさんあって、一歩出てみたら違う体験ができる、ということは絶対にあるんだと思っていて。
誰かが教えてくれるのか自分で気がつくのかわからないけど、完全な一歩でなくても、一歩は一歩で。それが物なのか、楽しいとかの感情なのか、人なのかはわからないですけど、『あったもの』『自分が体感したこと』『変えたこと』という1つ1つは必ず自分の中に残っていくから。それを大切にしていたら絶対に奪われないし、他の人が違うと言ったとしてもその人にとって違うだけで、自分にとっては間違いじゃないから。
本当にそうですね。今日のお話を聞いていく中で、人として生きるうえで、普遍的な価値観とか、大切なことを感じました。
最近色んな場所で話している中で、「多くの人にとってできることが『普通』とされてしまう状況をどうやったら壊せるだろう」という話を良くしているんです。普通を書き換えるには、という話を。3つあったら変わるんじゃないかと思っていることがあって、1つ目は好奇心。「何だろう?」を楽しめること。周りの物や自分に対して、人に対して興味を持たなくなったら何も変わらないので。
2つ目は選択肢。選択肢は絶対に持っていていいんだよ、ということ。例えば「話したいなら話せばいい、話したいけどいまはそんな気分じゃない」っていう選択肢を、お互いに持っていていい。
3つ目は偶然性です。お互いに持っているものや認識しているものの範囲でしか進まないと、例えば組織とかの中でみんなが良しとしていることが、疑いなく良いこととされてしまう。そうなる前に、別のものがポンと入って来ることで、一度ちゃんと壊れるというか、良い意味で混ざっていく。
残るものは残るし、変わるものは変わっていくんだと思っているんです。この3つを人生の中でちゃんと楽しめる人が増えたら、『みんな同じ状態が普通』という形は確実になくなっていく気がしているんです。楽しめる人が増えていったら『社会が』やさしくなっていく気がしています。
「やさしくなっていく」という言葉、素敵ですね。バブリングも『強く寛容な社会』というのを目指しているんですけど、本日のお話は、バブリングっぽいといったらあれですけど、本当に素敵なお話を聞けました。
向き合いたいし、向き合うために生きていましたからね。普通は名前についてそんなにこだわりなく存在していていいものを、名前だけは特別にこだわってきたので、結局『39年かかって名前を得ました』っていう話なのだと思います。
お話を聞いていて、10数年かけて、そのこだわりをあきらめなかったからこそ得られている視点というか、今があるんだなと思っています。中にはあいまいなまま諦めてしまう人が多いから、改めて色んな人に通じる話だなと思いました。
本当に本日はありがとうございました。
「自己紹介の時間が苦しい」という一言は、衝撃的でした。
緊張とかそういったことではなくて、自分の名前を言うのがつらい。
自分が選んだわけではないけれど、ずっと一生涯付きまとう『名前』。それはまさに自分のアイデンティティに深く関わる部分で、さまざまなストーリーがあるのだと、改めて認識をしたのでした。
“当たり前”というものを、いかに捉え直していくのか。または場合によっては壊していく必要があるな、と感じました。
そう気づかせてもらえる、貴重なお話を伺うことができました。
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