脳脊髄液減少症 – 期待しすぎない、けれども、諦めない

脳脊髄液減少症 – 期待しすぎない、けれども、諦めない

2016年8月8日

カミングアウトストーリー

重光さんtitle
脊髄から髄液が漏れ、痛みやめまい、倦怠感など、様々な症状を引き起こす脳脊髄液減少症。四六時中、痛みに苛まれながら、同じ病気に苦しむ人たちのために奔走する一人の男性がいます。「日本一活動的な脳脊髄液減少症者」を自称する、一般社団法人プラスハンディキャップの重光喬之(しげみつ たかゆき)さんにお話を伺いました。

 

脳脊髄液減少症とは

脳脊髄液減少症とは、どのような病気なのでしょうか。

脳脊髄液が漏出・減少する、病気というか脊髄の怪我みたいなものです。記憶障害、睡眠障害、免疫異常、全身倦怠、視力低下、めまい、吐き気、全身のしびれや痛みなど、様々な症状を引き起こします。

脳脊髄液減少症の研究は、2000年に始まりました。公の数字は出ていませんが、患者の数は推定50~120万人といわれています。その中でも慢性化して症状が重たい人は、感覚的には2割程度であると考えています。原因の半数は交通事故。他には、転倒や体育の授業でのアクシデントや出産などの外傷性、医原性、そして原因不明で突発的に発症することもあります。

 

重光さんの場合は、何がきっかけで発症したのでしょうか。

私の場合は、中高生の頃から首が痛くて、整体院に通っても治らなかったんです。25歳のときに歯科治療をしたら、突然激痛が首を襲いました。それまでは我慢できたのですが、何もできなくなるぐらいに痛くて。長年バランスをとっていたものが崩れて、痛みが出てきたのではと考えています。知人に同病者がいる上司に「脳脊髄液減少症なのでは」と言われて、9か月待った後に病院で検査をしたら、髄液が漏れていることがわかったんです。

 

脳脊髄液減少症者を取り巻く社会的な状況はどのようなものなのでしょうか。

脳脊髄液減少症は、社会的な認知が低く、受診時に医師が気付かないことすらあります。治療ができる病院も、全国に46カ所しかありません。また、公的な保障制度も整っていません。国から難病に指定されれば、医療費の自己負担が軽減され、居住支援などの福祉サービスが受けることができます。しかし、脳脊髄液減少症の患者数は人口の0.1%を超えているため、指定の対象にはなりません。障害者手帳の取得も非常に困難で、脳脊髄液減少症者が受けられる社会的な保障は生活保護だけになりがちです。しかし、認知が低いため生活保護の受給すらも難しい状況です。制度の狭間にある病気と言えるでしょう。

 

脳脊髄液減少症が保険適用になったと伺いました。

この春、ブラッドパッチ療法(硬膜外自家血注入療法)※が保険適用になりました。しかし、画像診断で髄液の漏れが明確に認められる一部の成人のみが対象なので、まだまだ厳しい制度です。ゼロがイチになったことは大きなことで、それを100に近づけていくことはできるので、大きな前進であるとも言えますよね。

 

※ブラッドパッチ療法…髄液漏れしている脊髄へ患者の血液を注入して漏れを止める治療法。1週間程度入院する必要があり、十数万円~数十万円程度の費用がかかる。

 

脳脊髄液減少症とカミングアウト

重光さんのカミングアウトについて教えてください。

以前は、「病気だから○○できない」とは言わないようにしていました。周りの人から、「中途半端だ」とか、「言い訳がましい」とは見られたくなかったんです。でも、その裏ではすごく苦しいんです。だから、「痛がっている自分」と「痛くないふりをしている自分」を別々につくっていました。すると、他の人からみると普通に見えるし、やるべきことをこなしているように見えてしまう。

今年の1月に、限界を感じて、「辛いから、NPOの仕事を辞める」と仲間に伝えました。そしたら、「いいんじゃない。代わりにやるよ」って言ってくれた人がいて、それで気持ちが楽になりました。

 

カミングアウトするときに心がけていることは何ですか。

二つあります。一つ目は、相手に期待をかけすぎないということ。「パンフレットを置いておくんで、もし興味を持ったら見ていってください」、くらいの調子で。理解してもらうのは難しいので、「そういうこともあるんだ」くらいでいいのかなと。誰かが交通事故に遭って症状が出たとき、「そういえば、脳脊髄液減少症という病気があったな」と思い出してもらえたら、早期に治療することができ、慢性化せずに済むかもしれないですよね。

二つ目は、病気であることの辛さ、大変さをどこまで伝えるのかというバランスを大切にすること。「仕事」「家族」「友人」ではなく、「その人とどうなりたいのか」を考える。何故この人にカミングアウトをするのかを考えた上で、50%くらいの力加減で。100%出しちゃうと、受け取るほうは辛い。力を抜いて生きるというのがポイントですかね。自分が自然な状態で伝えるのがいいと思います。

 

家族に対してはどのように打ち明けているのでしょうか。

家族であっても、当事者の辛さやだるさは分からないんですよ。痛みを実感できないから当たり前ですよね。向き合う時間が長ければ長くなる程お互いにしんどくなる。身近な人ほど理解してもらうのが大変な病気だと私は考えます。また、理解できたとしても、その事実を受け入れて伴走することはさらに難しい。症状に苦しみ、理解もされず、終わりも見えないため、自死する人もいる。自死を試みたけれど未遂に終わって、なんとか生きているという人もいます。もちろん、家族やパートナーとうまくやりとりしている方もいらっしゃいます。

 

職場の人に対しては。

ぱっと見た感じでは普通なのにあまり動かない人がいたら、「なんで動けないんだ」となるじゃないですか。職場で理解を得ることも難しいので、カミングアウトしない人も多いのではないかと思います。働くことを大切にしているのであれば、職場でカミングアウトすることは慎重に考えたほうがいいですよね。私の場合は、ドタキャンする、休む、遅刻するというキャラクター作りをここ最近始めました。この人はこういう人だからしょうがないよねといった感じで。これまで3つの職場で働いてきましたが、そのうち一つでは病気を理由に退職を迫られ、受け入れました。好きな会社と仕事と上司だったので悔しかったのですが、それが今に繋がっているのでそれも巡り合わせですかね。

 

脳脊髄液減少症とほどほどに付き合うWebライブラリー“feese”

脳脊髄液減少症者向けのポータルサイト「feese」を運営されていらっしゃいますが、きっかけになったのはどのような出来事ですか。

サイトはまだ、プレ段階です。きっかけは、脳脊髄液減少症の家族会で、同世代の同病者と出会い、個人的に何度かやりとりさせてもらううち気が楽になる経験をしたことです。またその会では、ある親御さんが、「脳脊髄液減少症で苦しむ我が子の首を絞めて、無理心中をしようとした」という話を聴きました。ネットでやりとりしていた同病者何名かも音信普通になってしまいました。

プラスハンディキャップでライターをしている私のもとには、脳脊髄液減少症についての情報がたくさん集まります。脳脊髄液減少症患者の悩みや家族からの問合せも、応援する声も。そられを共有できらたらいいなと始めたのがfeeseです。

 

feeseはどのようなサイトなのでしょうか。

feeseでは、三つのステップを目指しています。

まず、情報を共有する。痛みの緩和や経済的に自立するための方法、家族や職場へカミングアウトの事例など、生きるために必要な情報や事例を集める。現時点では大小あわせ100件ほどの情報・事例があります。年度内に数千件は集めたいと考えています。

次に、早期発見・早期治療。脳脊髄液減少症は、発症後1年以内に治療をすると緩解率が高いんです。しかし、未治療の期間が長くなると慢性化してしまう可能性が高まります。脳脊髄液減少症の認知を向上させて、当事者や周りの人に早く気付いてもらい、慢性化する人を少しでも減らしたいと考えています。

そして、当事者の社会復帰を支援する。現状医療行為後から社会復帰するまでの間がごっそり抜け落ちているので、時短勤務や在宅勤務など、多様な働き方をモデル化し、人材系の企業と連携して、脳脊髄液減少症の人たちが社会に先駆けたような働き方を提案できたらいいなと。また、実際に社会復帰した人のエピソードを集めたりもします。社会復帰している人の中には、同病者に遠慮して声を潜めている人たちもいます。こういった人たちの声こそ、集めたいと考えます。

最終的には、社会的支援の費用対効果のエビデンスを示し、見た目にはわかりにくく、誰しもが発症する可能性があり、社会的認知度の低い類似疾患(線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症など)に対象を広げていきたいと考えています。

 

“ほどほどに付き合う”というのがユニークですね。

サービス名を決めるときに、「脳脊髄液減少症とほどほどに付き合う」というキーワードはどうかとSNS上で問いかけてみたら、「『付き合う』だと治らないような気がしてしまう」という方がいらっしゃいました。でも、しばらくしてその方が多少症状が悪化したのか「やっぱり、『治す』よりも『付き合う』くらいの気持ちでいた方がいいのかもしれないですね」と言われたのが印象的でした。期待しすぎない。けれども、諦めない。というのがベースになっています。

 

 

「家族であっても解らない」と重光さんがおっしゃるように、四六時中、症状に苛まれる状況を想像することは難しいです。それでも、もし周りに脳脊髄液減少症の方がいらっしゃったら、想像を止めず、わかったつもりにもならず、どんと大きく構えてその方と向き合いたいと思いました。

マイノリティの要素は数多くありますが、誰もが寛容な態度で他者と向き合うことができる世の中になれば、「ありのままの自分」で生きることが誰にとってもより身近なものになるのではないか。今回の取材を通して、そのように思いました。

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